願いを運ぶ黒ねこの物語
星と刻の黒猫舎 – 星に願いを-
あなたは夜空の星にどんな願いをこめていますか?
ここは、空のもっと上の、宙(そら)の月にある黒ねこの手紙舎です。ここには、たくさんの願いが集まります。
このちいさな黒ねこ舎には、月に落ちてくる無数の願い星のかけらを集めて、瓶に詰め、それを静かに届けるお仕事。
満月は願いが満ちていて、新月は黒ねこ舎の休息日です。
星のマントを纏い、星の鞄を携えた鹿のようなツノのある黒ねこの双子、星(ほし)と刻(とき)。今日も誰かの「どうか」の願いを届けに旅立ちます。
七夕に、ある子どもの願いを運んだお話を、ひとつ致しましょう。

銀の石畳と星の欠片
夜空の船着き場に、鹿のようなツノのある黒猫の星くんは、立っていました。まんまるに近づいた月のふち。そこは、ちいさな船が発着する場所です。
とても大きなお父さん黒猫が、ぎしり、と、星の舟を軋ませながら漕いでゆきます。今夜も、遠い場所へと、こぼれた迷子の星を、掬いに行っていました。
星くんは、星掬いのお手伝いを終えると、ぽぅん、と、傘をひらいて、銀の石畳を歩き出しました。
月の船着き場からのびる銀の小径は、星くんが歩くたびに、かすかに光ります。
星くんの頭上を、銀のたてがみをたなびかせて揺れる光の彗星の群れが、音もなく駆けていきました。
それは、宙を流れる一角獣。
願いの星をあつめ、光のたてがみをふわりとなびかせながら、銀の木の手紙舎へと向かってゆくのです。
ぽこん…ぽこん…
一角獣の落し物のちいさな星の欠片が、傘のうえで跳ねるたび、星くんは、そっと片手でおさえて、まあるく拾い上げます。ひとつ、またひとつ。
ひとつひとつに、誰かの「どうか」が宿っていることを、星くんは知っています。
顔をあげると、黒い影──
フードマントをまとった、黒ねこのお母さん猫の姿が、星の霧の向こうに、ゆらり、ゆらり、と揺れて見えました。
藍と銀の宙を背負うように立つその姿は、まるで夜そのもの。
瞳だけが、星のように光っていました。
お母さんが喉を震わすと「チリン…」(おかえり)と鳴りました。
それはまるで鈴の音のようです。
星くんは、そっと首をふるわせて、ふわっと尻尾をふりました。
「チリン…」(ただいま)と言うように。
銀の野原にも、一角獣が落とした金平糖のような星の欠片が、ぽろん、ぽろん、と降りそそぎます。お母さん猫は銀色の熊手で、星をやさしくかき集め、銀の匙でひとつずつ、丁寧に、大きな瓶に詰めています。
星くんは、満タンになった大きな瓶を預かって歩き出しました。
足元の銀の石畳には、降り積もった星の欠片が、チチチと煌めいています。
星に願いをこめた瓶
銀色の石畳を歩いてゆくと、巨大な銀色の木が1本そびえていました。
葉も幹も銀に輝き、枝という枝には、ちいさな星の瓶がゆれていて、カラリン、カラコロン、と音を立てていました。まるで、宙の風鈴のように。
その大木には何本も煌めく小さな紐がぶら下がり、またその隣にはハシゴの階段も、ぶら下がっています。
星くんは、そのうちのひとつの紐を引っ張り、上手に瓶の口に括り付けると、するりするると、瓶は静かに登っていきました。
確かめてから続いて、隣のハシゴに足をかけて星くんも登って行きました。
その先には、小さな窓と扉があります。
扉から入ると部屋は、銀色の樹々がたくさん生い茂り、その葉はかすかに光を反射して揺れています。樹々の間に、小さな切り株の机と椅子があり、机の上には大小さまざまな星の瓶が並んでいました。
そして、壁も天井も、遠い銀河を映したみたいな星座盤が煌めいていました。
影のように真っ黒なおじいちゃん猫が届いた大きな瓶を運んでいます。
そして大きな瓶から、ちいさな瓶へ。
おじいちゃん猫は、金平糖のような星をすくい出し、小瓶に詰めます。
その隣りで、おばあちゃん猫は、小瓶に星のラベルを貼っています。
星ひとつは、ちいさな願い。
星ふたつは、ひとつきりの願い。
星みっつは、いちばん星の願い。
眺めていると、おばあちゃん猫が、星くんの目の前に、ことり、と星のラベルが、みっつ貼られた瓶を置きました。
その星の小瓶の中は、金平糖の星が転がり、まるで三角の鏡に映る光の万華鏡のように美しく輝いています。
星くんがそっと覗き込むと、光の模様の真ん中に、願いを込めて目を閉じている子どもの姿がそっと浮かんでいました。
”おほしさま、おほしさま
ぼくのねこが、虹の橋をわたって、おほしさまになりました
どのおほしさまなのかわかりません
誰にきいても教えてくれてません
だから、まいにち、いちばん星を、ぼくのねこだとおもっています
もうすぐたなばたです
一年に一度だけ、あいたいひとにあえるそうです、
ぼくはユキにあいたいです
おほしさま、ぼくの願いを叶えてください”
おじいちゃん猫が、うん、と小さくうなずきました。
星くんは、きゅっと口元をひきしめて、うなずきました。
願いの小瓶と、ゆり籠の小箱
もしゃっ、と音がして、
少しぼさぼさの毛並みの、星くんの双子の刻(とき)くんが遅れて入ってきました。
背中のマントには、まだ星のかけらがくっついています。
刻くんが、星くんの隣の切り株の椅子にちょこんと腰をおろすと、おじいちゃん猫が、ゆっくり立ち上がりました。
銀色の枝には、ちいさな鍵が、いくつもぶらさがっています。
まるで、風に揺れる風鈴のように。
カララン、カララン──
優しい音を立てて、願いに合った鍵を呼び合っています。
おじいちゃん猫は、銀の枝がしなう静かな樹々のなかから、
ひとつ、金の粒が星のように光る鍵を、そっと選び取りました。
その鍵は、かすかに震えながら、おじいちゃんの手のなかで光をまとい、
おおきなため息をひとつついたように、静かに眠りました。
星の粉を、ひとつまみ──
さらさら、と鍵のうえにふりかけると、鍵はまるで応えるように、吸い込みました。
深い鼠色に染まり、ぬくもりを持ちはじめます。
おじいちゃん猫は、木の机の引き出しから、
外側に墨色のビロードが貼られた、小さな箱を取り出しました。
金色の縁取りが、月の光をうすく映して、ほのかに光っています。
パチリと小さく蓋を開けると、小箱の内張りには、夜の深海のような藍の胎布が敷かれていました。指先でそっと触れると、じんわり、と沈みます。
胎布(たいふ)それは、いのちの原初の記憶が宿る、ゆり籠の布です。
いのちになる前の願いを、そっと包み、守り、静けさのなかで光を育てる、夜の奥の奥。この布には命を守る温もりがあります。
おじいちゃん猫は、その真ん中に、願いをひらく“時の鍵”を、そっとおさめました。
そして、夜の天絨毯で仕立てた風呂敷を2枚取り出すと、丁寧に広げ、ゆり籠の小箱と、願いの星の小瓶を、それぞれ包みました。
小箱は刻くんに、小瓶は星くんの手のうえにのせました。
星くんと刻くんは、金色のバックルがついた、小さな星の配達鞄の中にそっとしまいました。
鞄の底には、これまでに運んできた、小さな願いたちの余韻が、静かに、ぬくもりとなって残っていました。
願いをとどける準備が、すべて整いました。
星くんと刻くんは、目を合わせて、にこり。
ふたりは、梯子の階段を、とん、とん、とん、とゆっくりと、鞄を大切に守りながら降りていきました。
外は、まだ満月の光が強くて、宙はしんと澄んでいます。
夜空の船着き場は、銀の道を抜けた丘の先にあります。
船着き場には、おおきな、おおきな黒猫が一匹──
ふたりのおとうさん猫が、星の舟の準備をしていました。
「チャラン…(準備できてるよ)」
おとうさん猫は、頭をふわりと下げて微笑むと、舟のうえに、ふたりのための“気球”をととのえます。星色の気球は、ふわりふわりと宙にうかび、願いをのせて、時の場所まで導いてくれる道しるべ。
舟の片側が、おとうさん猫の重みで少しだけ傾きます。
でもそれは、ふたりにとっていちばん安心できる角度。
星くんと刻くんは、ちいさな星の鞄を抱えて、月の出発所を、そっとはなれます。
ふわりと浮かぶ舟のうえから見下ろすと、おかあさん猫がいつものように手を振っています。銀の大木と、流れ星の宙がゆっくりと遠ざかっていきました。
宙鯨(そらくじら)の案内
夜の舟は、宙の海をしずかに進んでいました。
舟のいちばん前では、星くんと刻くんが、小さな声で何かを話しています。指さしながら、うなずいて。
舟のうしろでは、おおきなお父さん猫が、ぎしり、ぎしりと舟を漕いでいました。大きな影のような姿。星の光で、体の輪郭だけがやわらかく浮かんで見えます。
ときどき、お父さん猫は手を伸ばし、宙に浮かぶ「まいごの星」を、そっと網で掬います。小さくて、にじむような願いがこもった星たち──。
舟の中央には、ふわりとふくらんだ銀色と藍色の気球が、静かに揺れています。
そのときです。
遠くの宙に、淡くうねる光の渦が見えてきました。
音のない海。けれど、その渦は、まるで音楽のように宙にゆらめき、胸の奥に懐かしい調べをひそやかに響かせます。
その渦の手前で、宙鯨(そらくじら)が、ふわりと姿をあらわしました。
ゆるやかに泳ぐ、その背中は、夜の宙にとけて、まるで光の雲のよう。
──そして、ふいに、宙鯨は高く潮を吹きあげました。
それは水ではなく、無数の星の粒たち。
こまかく、きらきらと、虹のようにひろがって──
ふたりの乗った気球のうえに、やさしく降りそそぎました。
星吹きのきらめきは、配達の願いをたしかめるように、ふたりのまわりをゆるりと何度も回りました。
舟が渦に近づくと、お父さん猫は、気球のロープをほどきはじめました。
星くんと刻くんは、合図をしあい、ぽこん、と気球のカゴに乗りこみます。
舟からそっと離れた気球は、宙の渦へと降りていきました。
そして──
その光の道のすぐそばを、宙鯨が、ゆっくりと近づいてきました。
巨大で、静かで、うつくしい鯨です。
まるでその身すべてが、夜空をやさしく撫でる詩のようでした。
鯨は、ふたりの乗った気球に寄り添うように、ゆっくりと泳ぎます。
気球が、光のトンネルに入りはじめました。
あたり一面に、たくさんの“時”が漂っています。
産声、笑い声、涙、歌、祈り──さまざまな感情たちが、淡い光になって、ゆらゆらと流れています。
しばらくすると、ある時の扉の前で、星くんのカバンがふわりと光り、続いて、刻くんのカバンも、かすかに光りはじめました。ふたりは顔を見合わせ、うなずきました。
宙鯨は、その扉の流れを止めるように周りをゆっくりと泳ぎ出しました。
すると扉は気球の前に、ふわりと浮かび上がってきました。
刻くんは、ビロードの小箱を取り出します。
そっとふたを開けると、そこには、星の鍵が深海の胎布に包まれて、目覚めの時を待っていました。
刻くんは、やさしく鍵を起こしました。
そして鍵を、光の中に見えた、小さな金の縁の扉にかざすと──カチリ。
音もなく、時の扉が、そっと開いたのです。
その向こうは、ひとりの子どもの願いが眠る、夢のなかの世界。
星くんのと刻くんは、気球の籠からそっと降りて、ふたりならんで、そっと足を踏み入れました。
七夕の願い
そこは――
雲の波が、やさしくうねる世界でした。
白くやわらかな雲のひとかけらを、手でそっとどけると、
その奥には、子どもの「想い」が、ふわりと浮かんでいました。
雲の中には、子どもの忘れかけていた「たいせつ」が、まだ、ちゃんと息をしていました。
ふたりは、やがて雲のむこうに広がる、ひかりの湖へとたどりつきます。
その湖は、空と地のあいだに、静かにたたずんでいました。
湖の水は、空よりも深く青く、すべてうつしていました。
星は、胸のカバンから、ひとつの小瓶を取り出しました。
中では、願いの光が、そっと、またたいていました。
ころん――
金平糖のような星が、小瓶の蓋をひらくと、世界は、夜空へとひらいていきました。青空だったはずの空は、一瞬にして、満天の星でいっぱいになりました。
足元の湖も、その星々をすべてうつして、まるで星の海のように、きらめいていました。
星の中に、小さな子どもが、ひとり、立っていました。
その子は、あたりを見回していました。
見上げても、見下ろしても、ただただ、美しい星ばかり――
でも、その子は、どこか、さがしているようでした。
どこからともなく、白い光の粒が舞い降りて、それがふわり、と形をつくりました。すらりと伸びたしっぽ。しなやかな前足。つややかな白い毛。
――ユキがいました。
子どもの大好きだった、白猫のユキです。
「ユキ!!」
子どもが駆け寄ると、ユキはにゃん、と高く鳴いて、すぐに足元へ来ました。まるで生きていたときと同じように、ふんわりと頭をすり寄せ、甘えるようにくるりと体を巻きつけ、あたたかく、重たく寄り添います。
子どもは、しゃがみこんで、ユキを抱きしめました。涙があふれて、ぽたぽたと湖に落ちても、ユキは、ふしぎそうに見上げて、そしてぺろりと、その頬を伝う涙をひとつ舐めました。
「ユキ、また会いたかった……」
「今日は、七夕だから……
ぼく、ユキに会いたいって……星に、願ったの……」
その声は、涙に濡れた頬を伝って、ユキの顔にも、ぽとりと落ちていきました。
「だから、だから……ぼくの願い、叶ったんだよね……」
子どもがそう言うと、ユキはこくりとうなずくように目を細めました。
前足をふみふみと動かして、あたたかな喉を鳴らしながら、まるで「わたしもよ」と言っているように。
しばらくの間、ふたりは言葉もなく、ただ静かに寄り添いあいました。
夜空は満天の星。
湖に映る星と、本物の星が、ひとつになって揺れています。
黒猫の星くんと刻くんは、そっと、背を向けました。
静かに、一歩だけ、湖のほとりをあとにしました。
ふたりの足音は、湖には波紋をつくりません。
それは、まるで、時間さえ息をひそめているかのようでした。
静かにふり返ると、子どもは、柔らかな白猫のユキを抱いて撫でています。
夢のような夜の中で、その手触りとぬくもりを胸にしまおうとしていました。
やがて、湖の空がふわりと揺れました。
満天の星々が、すこしずつ、朝の色にとけていきます。
星くんが、そろそろ、行こう、と言うように、小さく、マントのすそを揺らしました。刻くんがこくりとうなずきました。
ふたりは、子どもの夢の扉から出て気球へと舞い戻りました。
そこには、宙鯨(そらくじら)が、ふたりを見つめていました。
そして宙鯨は、ゆっくりと潮のような光を吐き出します。
その吐息は、虹のようにきらめく「星吹き」となって、夜の名残をそっと洗い流してゆきました。
また気球はふわり、ふわりと浮かびあがり、星のかけらを残しながら、時のトンネルを過ぎ、宙の海へと戻っていきました。宙の海に、ひとすじの尾が流れます。
舟が月の手紙舎へ帰ると、また静かに、新しい願いの夜の支度が始まります。
今夜、あなたは、どんな願いを星にこめますか?
七月七日、七夕の宵には、いつもより、ほんのすこしだけ多くの願いが、
宙のもっと上にある――黒猫の手紙舎に、静かに届きます。
星のマントに、星のカバンを携えた、ツノのある黒猫のふたり、星くんと刻くんはあなたの願いも、きっと見つけてくれるはずです。
今夜、あなたは、どんな願いを星にこめましょうか?

絵 Ringo
文 ヒナカリンコ Hinaka Rinco
短編物語 星と刻の黒猫舎 - 星に願いを-
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