こんにちは。雨ばかりですが、笑顔で過ごせてますか?
今日は、作品創りの合間に、雨の日のふと感じたことを徒然に言葉にします。
毎日、まいにち、雨だらけだけども、その雨の光景の中に、気まぐれな神様がいるような気がします。
帰り道に、混み合う電車の中から夕暮れを見ました。何かが舞い降りてくるように太陽の光が雲の隙間から射し込み、ドラマチックな光景。艶ぽく美しい夕焼けは、電車に詰め込まれ、マスク姿で疲れた顔をしてスマホを眺める人々を染め、このまま何かが起こるのではないかと、世界の終わりが過ってしまう不気味さな想像力を掻き立たられました。
雨が降る前の匂いは、「ペトリコール」と呼ばれており、雨上がりは、「ゲオスミン」とまるで魔法の呪文のような名前が付いているそうです。
日本語の雨の名前も、陰翳深くうつくしいことばが数多くあり、初夏の青葉に降り注ぐ雨のことを、青葉雨(あおばあめ)、翠雨(すいう)と呼ぶそうです。色で表された美しい雨の名前。
青葉に降り注がれた水玉が好きで、葉を、指で、とん、と、弾ませて、つつつ、と、雫が零れ落ちるのを眺めることがあります。ほんの数秒の葉遊び。

空の色、雨の匂い、水の音、繋ぎ合わせて考えると、雨の日は、きっと神様が、自然を体感して、五感を使いなさい、と教えてくれているよう。
壊れそうに悩んでいる時も、五感が答えを出してくれるときがあるから、心に隙間を。
雨の日に紡ぎ出した言葉も、何かに繋がる。空を眺めたあの時の何気ない言葉が、ずっと刺さっている。
さて、今日も読んでくれてありがとう。またお会いしましょうね。
2021/5/22 Ringo